第二話 「ねえ、あんたの名前は？」
「言ったはずだ。『ハカイダー』と」
「それはあのカッコの時のでしょ。普通の時は何て呼べばいいのさ」
「どっちも俺だ」
「そんなこと言わないで。あたしが考えてあげるからさ……リョウがいいかな。それともサブローにしよっかな」
「好きにしろ」
「じゃ、サブローだ」
「……落ちても知らんぞ」
『しっかりつかまっていろ、とは言ってくれないのね』
それでも、カオリはサブローの腰にまわした手にきゅっと力をこめた。
二人を運んでいる黒いバイクも、ハカイダーの装備の一つらしい。地上に出た二人の前に、さもそこにいるのが当然、と言った顔で止まっていた。
「『ギルティ』だ」
サブローはギルティの足回りなどを子細に点検すると、タンクの脇から、銃身を切り詰めたショットガンのようなものを取り出した。
「『ハカイダーショット』」
その銃の名前らしい。腰のベルトから弾丸を取り出し、一発ずつ込めていく。五発込めると、遊底を動かし、初弾を藥室に送り込んだ。
「どうやらタウンの外に出たらしい。中枢までに通るゲートは４つだ」
「ここの構造を？」
「データは入っている。もっとも古いデータだ。多少変更されているかもしれん」
「そうじゃなくて、どうしてそんなデータを持っているの？」
「……俺は、もともとジーザスタウンの防衛用に造られた」
ギルティにまたがったサブローは、カオリに仕草で、乗れ、と合図した。それから、カオリが話しかけるまで、一言も口をきかなかった。
すでに三つのゲートを突破していた。ハカイダーショットは一撃でゲートを粉砕し、警備の武装兵も炎の中に舞った。
「その銃、あたしにも撃たせてくれない？」
「反動で腕がちぎれるぞ」
「でも……」
カオリの言葉を遮るように、砲弾が飛んでくる。サブローがスロットルを吹かす。増速したギルティのすぐ後ろに着弾。衝撃を受けたカオリがサブローにしがみつく。四つ目のゲートはすぐそこだった。
「奴ら、お前を巻き込んでも構わないと考えはじめたようだな」
「『処置』されるくらいなら殺してもらう方がましだね」
「同感だな」
サブローの腰にまわした手に、静電気のようなものが走る。次の瞬間、カオリがしがみついているものは黒い異形、ハカイダーだった。
どん。
ハカイダーショットの一撃が、四つ目のゲートを粉砕した。だが、ハカイダーはその跡を駆け抜けようとはしない。ギルティを止め、ハカイダーショットの弾丸を込め直す。
「どうしたのさ？」
「……どうやら、本命がおいでらしい」
ハカイダーが言い終わるか終わらないかのうちに、破壊されたゲートの瓦礫が宙天に舞い上がった。一旦渦を巻き、二人目がけて降り注ぐ！
「ギルティの陰に伏せろ」
言うと、自分はギルティとカオリの前に立ちはだかり、ハカイダーショットを構えた。連射！大きな破片を打ち砕いて選り分ける。
カオリの頭上には、ぱらぱらと小石が降っただけであった。
「さすがですね。重力攻撃は通用しませんか」
「小細工はよせ」
瓦礫の向こうから聞こえてくる声に答えながら、ハカイダーは弾丸を込め直す。
「いいでしょう」
それが姿を見せた時、カオリは一瞬、天使を見た、と思った。純白のボディを持つそれが、二枚の翼と流れる髪の毛を炎にきらめかせながら、宙に浮いていたからだ。
だがカオリは、それが天使でないことを知っていた。顔を合わせるのもはじめてではない。このロボットは、ゲリラの間では『大天使』というコードネームで呼ばれている。アルカイックスマイルのマスクを持った、死の大天使。
正式名称は、ミカエル。対破壊活動用に造られた、ジーザスタウンの守護神である。
「今のあなたの射撃で、三名の武装兵が死亡しました。私がシールドしなければ、ここにいる全員が死亡していたでしょう。そればかりではありません。あなたは既に、全部で三十一名の市民を殺害しています。あってはならないことです。ここ、ジーザスタウンでは」
「人間は死ぬ。機械は壊れる」
「暴力による死と、天寿を全うしての死とを一緒にしないでいただきたい」
「どっちでも同じだ。死ぬ時は死ぬ」
弾込めを終えたハカイダーは、銃身をブーツの脇のホルスターへ突き刺した。
「……わかりました。あなたは、このジーザスタウンにふさわしくない思想をお持ちのようだ。しかし、ここの法はあなたのような者に対しても公正です。チャンスを差し上げましょう。改心のチャンスを」
「俺を、意志を持たないただの人形にする気か？」
「奉仕の精神を、教えて差し上げようというのですよ」
「貴様の言うのは、奴隷の奉仕だ」
動くはずのない天使のマスクの微笑みが、ぴくりと引きつったような気がした。
「いいでしょう。こういう言い方はあまり好きではないのですが……降伏していただけない場合、あなたを破壊しなくてはなりません」
こんどは、ハカイダーのマスクがにやりと笑ったようだった。
「やっと、本音が聞けたな」
「一つ、忠告しておきましょうか、ミスター・ハカイダー……私は、あなたより、強い」
「……なぜ、俺の名を？」
「私たちは、あなたの後継機なのですよ。その古いデータバンクには入っていないでしょうがね。不安定な情念回路を排除し、より冷静に、より効率的に任務を遂行するマシンなのです。未完製品のあなたでは、勝ち目はありません！」
「……カオリ、最初にもいったが、自分の身は自分で護ってもらうぞ」
「え？」
「こいつは確かに、俺より強い！」
ハカイダーショットがブーツから引き抜かれると同時に火を吹いた。
二発、三発。ミカエルのいた空間が燃え上がる。だが、ハカイダーはなおも銃口を外そうとはしない。
「……やったの？」
「来るな！」
ずご。
炸裂音と共に、ハカイダーは右ヒザだけをついた。カオリが息を呑む。ハカイダーの左足は、付け根の部分を残して消滅していた。
宙空に揺らめいていた炎が消えた。ミカエルは、何事もなかったかのようにそこに浮いていた。傷一つない。ハカイダーショットの三連射は、完全にシールドされたのだ。
「ハカイダーショット、ですか。そんな旧式の兵器は私には通用しません。進化した武装というものをお見せしましょう」
ミカエルはその場で剣を振るような仕草をした。ハカイダーは直感的に、体を左へかわした。
ごと。
音もなく切断されたハカイダーの右腕が、地面に落ちた音だった。
「『炎の剣』と、呼んでいます。結構、便利ですよ。剣にも、シールドにもなる。もちろん、あなたのハカイダーショットと同じような使い方もできます」
すうっ、とミカエルが地面に降り立ち、音もなく翼をたたんだ。
「さて、もう一度だけ質問させていただきましょうか。降伏しては、いただけないのですね？」
「……俺は、命令されるのが嫌いだ」
「やむを得ませんね」
ミカエルの腕が、ハカイダーに向けてかざされる。
「愚かなる人の子よ、土に還るがよい」
ミカエルの手のひらで、エネルギーがスパークする。
「サブロー！」
飛び出したカオリが、ハカイダーを庇うように二人の間に飛び込む！
「……く！」
ミカエルの手から飛び出したエネルギーは、強引にねじ曲げられたかのようにあらぬ方向へ飛んで行った。周囲の建物をかすめ、破壊する。
崩れる瓦礫の下に、ハカイダーとカオリの姿はもうなかった。
「ミカエル様、なぜ外されたのです？」
「あのまま撃てば、あの娘を殺していました」
「あれはゲリラです。テロリストですよ！」
「しかし、人間です。ここに、暴力で殺されるものが存在してはならないのです」
武装兵たちは黙るしかなかった。確かにミカエルの言うことは正しい。
「私は、元老院に事の次第を報告せねばなりません。後のことは、まかせましたよ」
「まかせた、と言われましても……」
「相手は、片手片足ではないですか」
翼を広げて天使は舞い上がり、消えた。「しっかりして、サブロー！」
「俺に構うな。ギルティで逃げろ」
「そうはいくかい。あんたは、あたしに残されたたった一つの希望なんだ！」
カオリはハカイダーを、ちょうど二人三脚のような格好で支えていた。もっともカオリの右足と結ぶべきハカイダーの左足は、ミカエルの一撃で消滅している。ハカイダーは変身を解いてさえいなかった。
「システム全体にガタが来ている。ただの武装兵が相手でも、勝てるかどうかわからん」
『だから俺を置いて行け』そう言う前に、カオリが口を挟んだ。
「あんたの好きな言い方じゃないけどさ、あたしは自分の意志でやってるんだ。命令しないでちょうだい」
ふっ、とハカイダーが笑ったような気がした。
「あいつらをまいたら街外れまでいくから、そしたらギルティで逃げよう」
「重そうね。何なら、手伝ってあげましょうか？」
前方から聞こえる声に、カオリは反射的に銃を向けた。
「……女？」
「武器は持ってないわ。調べてくれても、よくてよ」
赤いローブのようなものをまとった、長髪の女だった。軽く両手を挙げて、微笑んでいる。何かいけすかないものを、カオリは感じていた。
「急いでるんだ。通しておくれ」
銃口は女に向けたままだ。
「そうもいかないの。あなたの肩にぶら下がっている、そのロボットに用があるのよ」
『ロボット』のアクセントに、どこか刺があった。
「あんたも元老院の……！」
ほとんど引き金を引くところだった。
「違うわ。私はむしろ、元老院の、いいえ、グルジェフの敵よ……と言っても、信用できないでしょうけど」
「信用できないね」
「だろうと思ったわ。だから、取引をしましょう」
「……取引？」
「そう。私は、そのロボットを直すことができる。ただ直すだけじゃなくて、ミカエルに勝てるようにしてあげることができる」
「なかなか気前がいいな。支払いの方も、随分高くつきそうだ」
ハカイダーが口を開いた。女が一瞬、蔑んだような視線をハカイダーに向けたような気がした。
「そう、取引ですもの。こちらもそれ相応のものをいただくわ」
「お前の望みは、何だ？」
女の目に、憎悪が光った。
「全てのジーザスタウンの、完全なる破壊」
カオリがうさん臭そうに問う。
「……あんた、味方なのかい？」
「少なくとも当面の敵は同じね」
女が答えた。
「どうかしら？あなた方に、選択の余地はそれほどないように思えるけれど？」
「そうだな。だが、あんたは俺に命令をしようとしている。取引をしようと言いながら、だ」
動くことのないはずのハカイダーのマスクが、にやりと笑ったような気がした。
「俺は、命令されるのが嫌いだ」
「サブロー！」
カオリを引きずるようにして、ハカイダーが歩き出そうとする。
「……仕方ないようね」
女は胸元からペンダントのようなものを取り出した。カオリはかすかな金属音を聞いたような気がした。
急に、ハカイダーの全身から力が抜けた。重さに引き込まれ、カオリも倒れる。
「ちょっと、サブロー、どうしたの？しっかりして！」
「どうもしてやしないわ」
冷たい声だった。
「ただ、ちょっと機能を停止させただけ。人間で言うなら、気絶させたってとこね」
「……あんたの仕業かあ！」
再び銃口が女に向く。
「あたしは手伝ってあげたのよ。この言うことをきかないロボットを、他にどうやってあたしのラボまで運べというの？」
悔しかったが銃口を下ろした。確かに、この場はこの女に頼るよりないようだ。
「……あんた、何者なんだい？」
「私の名は、ミア・グルジェフ……このジーザスタウンと、そこのハカイダーの生みの親、ヴァン・グルジェフの娘よ」