第四話 黒い異形を乗せ、ギルティが疾走する！
「いいこと、新装備の使い方はわかるわね」
「これで、ミカエルを殺れるのか？」
「……今は、無理ね」
「どういうことだ？」
「奴は、このジーザスタウンそのものからエネルギーの供給を受けているのよ」
「なるほどな。それであのパワーも納得できる」
「それさえ断ち切れば、勝機がないわけじゃない」
「それでも奴の方が強いと？」
「基本設計は奴の方が新しいわ」
「……奴を殺れる武器があれば、十分だ」
通信を切ると、ハカイダーはアクセルを吹かした。黒い流星が、ジーザスタウンの中枢目がけて突き進む！ここはジーザスタウン・センター・タワー――ジーザスタウンの中枢であり、カオリが脱走してきた場所でもある。今、ハカイダーがいるのはエントランス・ホール。二本のタワーをつなぐ、吹き抜けの通路だ。
「……静かすぎる」
白一色の建物内部は、ハカイダーの神経にとってはそれほど障るものでもなかった。気にしているのはむしろ、ここまで抵抗らしい抵抗にあわなかったことの方であった。
「これ以上、市民に犠牲者を出すわけにもいきませんからね」
「……ミカエルか」
天空から、優雅に螺旋を描きながら舞い降りたミカエルは、ハカイダーと十メートルほどの距離をおいて降り立ち、翼をたたんだ。
「グルジェフ様と元老院は、あなたの破壊を私一人に委ねられました」
「グルジェフなら、ここにいるぞ」
ハカイダーは、頭部の透明なフードをこつこつと叩き、脳を示した。
「お前の言うグルジェフは、どこにいる？」
「あなたが、それを知ることはありません」
ぶん。
横なぎに、『炎の剣』がハカイダーを襲った。ハカイダーがブーツのかかとから、探検を引き抜く。クリスタルの短剣は、実体を持たないエネルギーの刃を受け止めた！
「!」
ほんの一瞬、驚愕したミカエルに隙が生じた。その隙を見逃すハカイダーではなかった。ハカイダーショットの抜き打ちが炸裂する。
三発、四発、五発。エネルギーの火球がミカエルを包んだ。
炎が消え、ミカエルがシールドを解いた時には、ハカイダーの姿はなかった。「なるほど、確かに歯が立たんな」
「……言ったでしょ？」
白い階段を駆け降りるハカイダー。
「カオリがどこにいるのか、そっちからわからないのか？」
「あなたが《元老院》とアクセスすれば、それも可能よ。でも、まずは動力炉を潰すことね……そう、その階よ、そこを右に……どうしたの？」
ハカイダーは立ち止まり、ブーツ脇のホルスターからハカイダーショットを引き抜いた。
「奴がいる」
「そんな！こっちからは探知してないわ」
「奴の方が新型、と言ったのはあんただ。あんたのセンサーをごまかすくらい、できるんだろうよ」
飛び出した。動力炉だ。ハカイダーショットを全弾、動力炉めがけてぶちこむ。しかし、五発のエネルギー弾は、全て手前でシールドされていた。
死の大天使は、ゆっくりとこちらへ歩を進めてきた。
「私の弱点に気づくとは、さすがに破壊のプロフェッショナル。しかし、ここまでですね」
「どうかな？」
「どうかな、ですって？困りますね、現状はきちんと認識していただかないと。もう、めくらましで逃げるわけにもいかないでしょう。あなたの生き残る確率は、５パーセント以下です」
「それはつまり、やってみなければわからない、ということだな？」
「いいえ、あなたはここで死ぬのです！」
ミカエルの右手から噴き出したエネルギーの奔流が、ハカイダーに襲いかかる。その時、ハカイダーは迫りくる光の渦に向けて短剣をかざした。
クリスタルの短剣が、ミカエルのビームを全て吸収する！
「……く！」
次の攻撃に移ろうとするミカエル目がけて、エネルギーを吸収した短剣が放たれた。短剣はミカエルのボディをやすやすと貫き、そのまま動力炉に突入、吸収したエネルギーを解放する。
閃光と衝撃波の渦の中、二体のロボットが絡み合い、もつれ合う。そして、黒い人造人間の短剣が、白い人造人間の首を断ち切った。「やってみなければわからん、と言っただろう？」
皮肉な声の後、ハカイダーはミカエルの首を動力炉の残骸へと向けて蹴飛ばした。
「……で、どこが《元老院》だ？」
「指示するから、その通りに移動してちょうだい」
「命令されるのは、嫌いだ」
「カオリを助けたくないの？」
ハカイダーは、通信を切るわけにはいかなかった。
動力炉の残骸の中で、ミカエルの目が微かに光っているのを、ハカイダーは知らない。『来てくれた！』
建物を揺るがす轟音が収まるのを待って、カオリは立ち上がった。
来てくれると、信じていた。サブローは必ずやってくる。あるいはあたしのためじゃなくて、破壊のためだけに来たのかもしれない。でも、そんなことはどうでもいい。
『今度は、あたしがサブローを助ける』
自分でも、おかしな決意だとは思っていた。サブローは、彼女より何千倍も強い。
『それでも、あたしが助けなきゃ』
理屈ではなかった。そっと、ドアのノブに手をかける。思った通り、オートロックは停止していて、簡単に開いた。動力炉が破壊された今、このセンター・タワーで機能しているシステムは、《元老院》のみである。すでにハカイダーは、そこにたどり着いていた。
「《元老院》というのは、ただのコンピュータなのか？」
「ただの、と言うのは少し違うわね。委員会は、父を生き残らせるために二つの方法をとったの。脳はあなたに移植して、そして、その思想と記憶を……」
「こいつに移したと言う訳か。能書きはもういい。アクセスしたぞ。カオリを探せ」
「……自力で脱出したようね。あなたが動力炉を破壊した時点で、オートロックも停止したのよ。警備システムも停止してるから、現在位置はちょっとわからないわ」
「ならもう、俺にしてやれることはないな」
「冷たいのね」
「機械だからな」
ハカイダーは強制的に通信を切った。
「さて、《元老院》、貴様には聞きたいことがある」
「シツモンヲドウゾ」
「答えてもらおう。俺は何者だ？」
「カイトウフノウ」
モニターにハカイダーショットを突き付ける。
「答えたくないなら、それもいい。まだ、《元老院》は二百五十六残っているからな」
少々の沈黙のあと、モニターにデータが流れはじめた。
「型式番号Ｚ６６６……通称、ハカイダー……ジーザスタウン防衛機プロトタイプ……制作者、ミア・グルジェフ博士……」
「何だと！俺を造ったのは、ミアだというのか？」
背後で物音がした。本能的に身を伏せるハカイダーの頭上を熱線が薙ぐ。ビームは《元老院》を巻き込み、四散させた。
「……ミカエル！」
それは、確かにミカエルだった。しかし、白い天使の面影をとどめているのはもはや、首、と言うより作業アームの先端についている頭部のみである。
ベースとなっているのは、動力炉内部の作業用ロボットか何からしい。三本の作業用アームを備えたボディには、二門のビーム砲が搭載され、キャタピラで走行している。三本のアームの中央にはミカエルの頭部があり、左右のアームはおそらく肉弾戦用に改造されているだろう。
「自己再生システムが、新型機の最大の特徴よ」
突然通信が入る。
「ミア！貴様には聞くことがある！」
「目の前の相手を倒す方が先決じゃなくて？」
通信はすぐに切れた。白い異形と黒い異形が対峙する。
「貴様の一撃は、どうやらご主人様を破壊してしまったようだぞ？」
「……破壊スル……秩序ヲ乱スモノ……全テ……破壊スル……」
「なるほど、貴様は確かに俺の弟のようだ」
ミカエルのビーム砲が火を噴いた！それをかいくぐり、ハカイダーが接近する。
「もらった！」
至近距離からのハカイダーショット！だが、引き金を引くより早く、ミカエルのアームが銃身を打った。地面に落ちるハカイダーショット。
『拾う暇はない』
銃ごと吹き飛ばされるのが落ちだ。ハカイダーはそのまま突進をかけた。つかみにくるアームを短剣で切り飛ばし、右の拳をボディにたたき込む。拳が爆裂した！
ブラスター・ナックル。新しい右腕に装備された、新兵器である。ハカイダーショット用のカートリッジを使用し、ハカイダーショット数発分の破壊力を、敵の内部に直接叩き込む。
内側から噴出するものに耐えかねたように、ミカエルが爆発した。
「やったか？」
だが、黒煙の中から飛び出して来たものは――ミカエルの、首！ハカイダーが捕らえる。額が開いて無数の触手が飛び出し、ハカイダーに絡みつく。
放電！
「ぐう！」
「……殺ス……破壊スル……反抗スルモノ……全テ！」
かすかな金属音が聞こえた。ハカイダーは、視界の隅にデス・ホイッスルをかざしたミアの姿を見た。
ミカエルの首が機能を停止し、地面に落ちた。ミアは落ちていたハカイダーショットを拾うと、ミカエルの首を粉々に打ち砕いた。
「あなたとミカエルは兄弟ですからね。どちらも、設計したのは私。弱点を押さえているのも、私」
「ミア！」
ミアがもう一度デス・ホイッスルをかざした。ハカイダーは、サブローの姿へと変身させられていた。
動けないサブローの頭を、ミアの足がゆっくりと踏みにじった。
「ごくろうさま。これで、このタウンは機能を停止したわ。でも、あなたの仕事はこれからよ、ハカイダー。何しろ、まだ二百五十六のジーザスタウンがありますからね。さあ、お立ちなさい。私のために、全てのジーザスタウンを破壊するのよ！」
「グルジェフ博士を殺したのも、お前だな？」
「そうよ。ハカイダーの脳ユニットに使うように進言したのも私。この復讐の時を、どれほど待ったことか！父自身の手で、父が心血を注いで作り上げたものを一つずつ潰して行く。透明なフードに閉じ込められた父には、どうすることもできない！」
ミアの狂ったような独演会は、ハカイダーの背中を舞台になおも続く。
「母は、『処置』されたわ。父の思想に反対したばっかりにね。あたしは母ほど馬鹿じゃない。チャンスを待ったわ。復讐のチャンスを！もっとも残酷な、復讐の時を！」
笑う。心からの、歪んだ高笑い。
「そうそう、安心おし、ハカイダー。あなたの意志は、グルジェフの脳とは何の関係もなくてよ。私がプログラムした感情、私がプログラムした意志、忠実なる狂った機械！」
「サブロー！」
カオリが飛びこんできた。
一瞬、ミアの注意がそれた。
サブローの目が光った。
がっ。
ミアの喉を、サブローの右手が握り締めていた。
「な……そんな……デス・ホイッスルを持つ者には……逆らえない……そう……設計した……」
ミアが、あえぎながらつぶやく。
「忘れたのか？俺は、狂った機械なんだぜ。そう造ったのは、貴様だ」
ごぶり。ミアの口から、血の泡があふれる。もう声も出ないらしい。
「サブロー……」
「来るな！」
駆け寄って止めようとするカオリの目の前で、サブローはミアの首を絞めたままハカイダーに変身した！
「……サブロー……」
「行け。そして、二度と、俺の前に姿を見せるな」
「どうするのよ、これから、ひとりぼっちで！あんた、どうやって生きていくっていうのよ！どうやって、あたしに生きて行けっていうのよ！」
ほんの一瞬、サブローがためらったような気がした。
「俺の名は、ハカイダーだ」
だが、そのためらいは一瞬だった。カオリは、もう、彼が手の届かないところへ行ってしまったことを知った。
『助けられなかった』
そう、思った。それでも、もう一度だけ聞かずにはいられなかった。
「でも、もし、もう一度会うことがあったら……？」
「その時は、お前も殺す」
ハカイダーの手の中で、ミアの命が砕ける音がした。「お導きを……ジーザスタウンの新たなる救世主よ……」
ギルティに乗ったハカイダーを取り囲んでいるのは、崩壊したジーザスタウンの住人たち。自分の意志を持ったことのない人々が、途方に暮れてハカイダーを崇める。ハカイダーはブーツから銃を抜き、弾丸を込めた。
轟！
ハカイダーショットの一撃が十人ほどの群衆を吹き飛ばし、ギルティの前に道を作った。
「自分の意志を持たぬのなら、生きていても仕方あるまい」
ギルティが雄叫びをあげる。次のジーザスタウンへ向け、黒い流星が駆け抜ける！
残るジーザスタウンの数は、二百五十六……その全てを叩き潰す日まで、俺の名は、ハカイダー！
《完》