第三話

 ミアの研究所はタウンの外にあり、廃墟の一つにカモフラージュされていた。ここには、ミア以外の人間はいないようだ。
「何がなんだかわかんない。最初っから説明してよ」
 白衣を着て出てきたミアを、カオリはつかまえた。ハカイダーの修理は一区切りついたらしい。
「いいわ。あなたにはその資格があるみたいだし」
 尊大な態度を崩そうとしないミアに、カオリは軽い苛立ちを覚えた。
「でも、その前に……あなた、あのガラクタに惚れたの?」
「な……!」
 サブローを『ガラクタ』呼ばわりされて怒ったのか、図星を指されて怒ったのか、カオリ自身にもよくわからなかった。
「まあ、どうでもいいわ。でも、あれは人を愛するようには造られていない。その名の通り、全てを破壊するために造られたマシンよ」
「サブローの気持ちは、どうなのさ」
「気持ち?人造人間に気持ちなどないわ。ただ、プログラムがあるだけよ」
「……いいから、早いとこ説明してよ」
『これ以上あんたと話していると胸が悪くなるから』
 そう言いたい気持ちを、辛うじて飲み込んだ。もっとも、それを言ったところでこの女は、表情一つ変えないだろう。
「いいわ。まず、ジーザスタウンの成立から説明しないとね」
「大体知ってるよ」
 学校で最初に習うことだ。世界各地で散発的に起きていた民族紛争が、超大国の崩壊を機に燎原の火の如く広がり――そして、一部地域で限定的に核兵器が使用されたことをきっかけに、宣戦布告なき第三次世界大戦がはじまった。大規模な核の使用こそなかったが、それはむしろ人類の断末魔を長引かせるかのようにも見えた。
「そして、ヴァン・グルジェフ博士をリーダーとした、ジーザスタウン建設委員会が登場する」
『全ての人間の幸福』をスローガンにしたその運動は、戦争で疲弊しきった人々の心を捕らえた。生き残った人類の七十パーセントを統合した委員会は、いよいよジーザスタウン計画の核心である、0号都市の建設に着手した。
「そこで、悲劇的な事故が起こり、グルジェフ博士は死亡。0号都市は壊滅……でも、その教訓を元に、現在のジーザスタウンシステムが確立した。子供でも知ってるよ」
「そう、大筋においてそれは事実よ。でも、その時、本当は何が起きたのか……」
「ちょっと待っとくれ。それって、二百年も昔のことじゃないか。あんた、いったい……!」
「見かけの年齢なんて、どうとでもなるわ」
 ミアは髪をかきあげた。その姿は、どう見ても二十代後半にしか見えない。
「話を続けていいわね……ジーザスタウン構想の最終段階は、外部勢力に対抗する防衛力の確保にあった。まだ、当時は反対勢力も結構力を持っていたしね。そこで、全く画期的な防衛システムが考えられた。驚異的な戦闘能力をもつ人造人間が、その要となるはずだった」
「それが、サブロー……」
「ハカイダーよ。電子頭脳による論理回路と、人間の脳による情念回路を兼ね備えた、完全なマシーン。それがハカイダーのあるべき姿だった。でも、その脳ユニットの選定中に、グルジェフ博士は何者かの手で暗殺されてしまった」
「まさか、あんたがやったんじゃないだろうね」
「……好きにはなれなかったけれど、実の父よ」
 言い過ぎたかな、とは思ったが、反省はしなかった。
「犯人はわからなかった。でも、父の脳はまだ活動を停止してはいなかった。委員会は、父を生かしておくためにある決断をした……」
「まさか!」
「そう、父の脳をハカイダーのユニットとして組み込むことにしたの。そして、情念回路を組み込んだハカイダーは、作動を開始した……」
 一旦、ミアは言葉を切った。
「……何が原因だったのかは、わからない。ハカイダーがまだ未完成だったのかもしれない。あるいは父の潜在意識の中に、破壊への衝動があったのかもしれない。とにかく、ハカイダーが0号都市を破壊し尽くすまで、一日とかからなかった。不幸中の幸いは、悪夢がそれで終わったことよ」
「……どうやって?」
「これよ」
 ミアはペンダントをかざした。さきほどハカイダーの動きを止めた、あの小さな機械だ。
「デス・ホイッスル。父の形見に、秘密が隠されていたってわけ。機能を停止したハカイダーは、どこかへ封印されてしまった。ここにあるのを私が突き止めたのも、ごく最近のことよ」
 カオリは、詰めていた息を吐いた。
「大体わかったよ。でも、やっぱりあんたは信用できそうもないね」
「……どうして?」
「あんたは、一番大事な事を隠してる。今の話じゃ、あんたは明らかにジーザスタウン側の人間じゃないか。だのに、どうしてサブローに手を貸すんだい?どうして、自分の父親が造ったものを壊そうとする?」
「もう、あれはジーザスタウンじゃないわ。父の望んだものは、何一つ残ってはいない。『処置』ですって?汚らわしい。ここは人間を幸福にする場所じゃない。不幸な人間の存在を許さない、それだけの場所よ!」
 激したのか、おしまいの方はほとんど金切り声になっていた。それから、ミアは一つ息をついた。
「せめて、父自身の手で、葬らせてやりたいの……」
「……信用しても、いいみたいだね」
「信用する他に、手がないんじゃなくて?」
 すでに、いつものミアに戻っていた。
「サブローが機能を回復するまで、あとどのくらい?」
「あれで結構複雑な機械ですからね。修理が終わったらすぐ動かすというわけにはいかないの。そうね、あと二時間ってとこかしら」
「そばに居ても?」
「どうぞ。意識はもう、回復してるはずよ」
 カオリが部屋を出たのを見届けると、ミアは笑いはじめた。歪んだ感情が満たされたかのような、心からの、それでいてねじ曲がった笑いだった。

「……サブロー?」
「カオリか?」
 鋼鉄の作業台の上に、サブローは横たわっていた。
「腕と足、ついたんだね」
「前より性能は上だそうだ」
「……あいつに聞いたよ、あんたのこと」
「そうか。俺の頭に入っているのは……」
「ドクター・グルジェフ。あんたのお父さんだって」
「設計者だ」
 サブローは言い直した。
「ねえ、一つだけ教えて。あんたはいったい誰なんだい?グルジェフ博士なのか、それとも……」
「俺もそれが知りたい。俺の意志は、俺自身のものなのか、それともこの脳のものなのか……この破壊衝動は、どこから来るのか」
「あんたはサブローだよ、どっちにしても」
「優しいな。だが、それは答えになっていない」
「……どうしてもやるのかい?あの女、今一つ信用がおけないぜ」
「俺もそう思う。だが俺は、俺が何者なのか、知りたい」
「闘ってれば、わかるものなのかい?」
「他にどうしていいか、よくわからない」
 爆発音が響いた。
「ハカイダーもカオリも、そこにいるの?」
 スピーカーからミアの声が響く。
「武装兵に嗅ぎ付けられたわ……防衛システムで何とかしてみる」
「あたしも行くよ!」
「よせ、カオリ!」
「そう、じゃあ、お願い」
 ミアの無気質な声が響いた。
「心配しないで、無茶はしないよ。あんたが動けるようになるまで、時間を稼いでくる」
 動けないサブローには、カオリを目で見送るしかなかった。
「……ミア、ミア!聞こえているんだろう!いいか、カオリの身に何かがあったら、ジーザスタウンの前に、お前を殺す!」
 スピーカーは沈黙していた。

 動く。
 がば。
 やっと上半身を起こすことができた。カオリが一人で武装兵を迎撃に行ってから、三十分程が経っただろうか。動けないサブローにとっては、ほとんど永遠にも近い時間だった。
「待っていろ、カオリ……」
 立ち上がろうとしたサブローの目の前で、ドアが開いた。
「カオリ!」
「ご要望に沿えなくて、申し訳ないわね。そんなにあの娘が気に入った?」
 ミアだった。
「武装兵は撃退したわよ」
「カオリは、どうした?」
「……拉致されたわ、奴らに」
「助けなかったのか!」
「そんな義務はなくてよ。ここにいて、と言ったのに、行くと言ったのはあの娘の方」
 サブローのにらむような視線を、ミアは蔑むように受け流した。
「もっとも、これであなたにはジーザスタウンを潰しに行かなきゃならない理由ができたわけね」
 サブローはミアに飛びかかろうとしたが、ミアが一瞬早かった。デス・ホイッスルをかざされ、サブローは動きを止めた。
「……わかってちょうだい、私にもどうしようもなかったんだから」
『どうだか、な』
 サブローは、胸の内で毒づいた。

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