新佐の剣 作･杉田 透

※シナリオ形式です。また、作品とは違う部分も多々あります。
重いので、あれでしたらダウンロードしてね。

・墓地

元服前の武家の少年が、真新しい墓標の前に佇んでいる。
新佐「母上・・・」
十二才の新佐、唇を噛んで涙をこらえている。
と、徳利を提げた着流しの侍(和馬)、赤い顔、よたつく足どりで歩いてくる。
和馬「よお、新佐。おめえも一杯やれや」
和馬、徳利を新佐に差し出す。新佐、その徳利を地面に叩き落とし、きっと和馬を睨みつける。
新佐「母上はお酒がお嫌いでした」
鼻白む和馬。新佐、和馬に詰め寄り、
新佐「母上の葬儀の間、どこへおいでだったのです?」
和馬「どこへって、そりゃおめえ・・・」
しどろもどろの和馬を冷たい目で見据える新佐。その目に強い拒絶の光。
ナレーション(以下N)「この年、浦賀に黒船来航」

・メインタイトル

・佐賀鍋島藩、城下町の一角の色町

五十メートルほどの長さの狭い通りの両脇に、二階建ての揚屋が並んでいる。通りは客引きや客で混み合っている。
格子窓からは遊女が道行く人々に声をかけており、手を格子の隙間から差し出して客の袖を捕らえている遊女もいる。情景にナレーションがかぶさる。
N「開国から7年、日本は激しく揺れていた。尊皇攘夷の名の下にテロリズムの嵐が吹き荒れ、ここ肥前佐賀鍋島藩でも、変革の予感は若者たちの心を激しく揺さぶっていた」
と、その通りを一人の侍がすさまじい形相で走ってくる。山本新佐衛門(新佐)、腰には脇差のみが差してある。
客引きや通行人を突き飛ばすようにして走ってきた新佐、一軒の店の前を通り過ぎ、行き過ぎたことに気づいて戻ってくる。店の看板は「みうらや」。

・「みうらや」一階帳場

土間から上がってすぐの所に帳場、その奥に二階への階段。
駆け込んできた新佐、帳場で欠伸していた店主のもとへ詰め寄る。
新佐「父上はいるかっ!」
店主、気迫に呑まれて答えられない。新佐、構わずに遊女たちを突き飛ばしながら二階へ駆け上がる。

・「みうらや」二階座敷

十畳程の広い座敷。五、六人の遊女が三味線を弾いたり、踊ったりしている。和馬は、艶っぽい年増の芸者、小奴の膝枕。手酌で酒を飲んでいる。
その脇の刀架に立派なこしらえの刀が掛かっている。小奴、その刀にちらちら目をやりながら、
小奴「和馬さま、本当によろしいんですの?あんなご立派な刀を・・・」
和馬、かかかと笑い、
和馬「なあに、もう刀の時代じゃねえってことよ。それどころか、侍の時代だっていつまで続くか、知れたもんじゃねえや」
障子が開き、新佐が飛び込んでくる。
新佐「父上っ!私の刀をいったいどうなさるおつもりですかっ!」
小奴、呆れたという目つきで和馬の方を見る。和馬、こめかみのあたりをぼりぼりと掻いて、
和馬「いつも言ってるだろう。これからは刀の時代じゃねえって・・・」
新佐、激昂。
新佐「そういう話ではありませんっ!父上は武士の魂を何と心得ておいでかっ!」
新佐、ずかずかと座敷へあがりこみ、刀をひったくって腰に差す。
新佐「私はこれで失礼しますっ!父上はそこで、死ぬまで遊び惚けておられればよろしいっ!」
新佐、和馬をひとにらみして部屋を出て行こうとする。
和馬「待てよ、新佐」
振り向く新佐。和馬、酒を口に運びながら目をすうっと細めて、
和馬「おめえ近頃、ソンノーだかジョーイだかにかぶれてるそうじゃねえか」
新佐、一瞬動揺する。が、隠して
新佐「・・・山本家の当主は私です。隠居した父上にあれこれ指図される筋合いはございませぬ」
出て行く新佐。
和馬、苦笑いを浮かべて、
和馬「俺はこう見えて意外と口下手でなあ」
小奴、しれっとした顔で
小奴「・・・存じておりますとも」
一本取られた、という表情で酒をあおる和馬。ちらりと窓の外に目をやる。と、隣の「うしおや」に新佐が入って行くのが見える。
和馬、小奴に向かって下卑た表情で
和馬「おう。例の部屋は用意できるか」
小奴、呆れ顔で
小奴「またですか。もう、本当にお好きなんですから・・・」

・「うしおや」二階座敷
かなり広い座敷。三十名近くの若い侍が詰めている。
上座で一人酒を傾けている、風格のある中年の武士が多賀光信。一同、光信の一挙手一投足を注視している。
光信、酒を呷りながらぼそりと、
光信「今朝、夢枕に八幡大菩薩様がお立ちになった」
どよめく一同。
光信「八幡様は涙を流しておられた。この佐賀の国にいつまで夷荻どもをのさばらせておくつもりじゃ、とな」
光信、ちろりと座の反応を確かめる。一同、食い入るように聞いている。
光信「儂はお伺いを立てた。この国から夷荻どもを叩き出すために、我らは何をすればよろしいのですか、と。すると、八幡様はこう仰せられた・・・」
かっと目を見開いて立ち上がり、叫ぶ。
光信「斬れっ!夷荻に屈し、佐賀の国を毛唐どもに売り渡さんとする姦賊、鍋島直正を叩き斬れっ!」
光信、ほうっと息をついて座る。
光信「儂は畏れながらもお答えした。殿様に刃を向けるは君臣の道に反すること、そればかりはできかねます、とな。すると、八幡様は血の涙を流されて、こうおっしゃられた・・・」
瞑目する光信。
光信「君、君たらずば、臣、臣たらず。君主が亡国の行いを為すならば、むしろそれを討つが臣の道であろう、と・・・」
光信、再び目を見開き、
光信「売国奴直正を討ち、夷荻どもを打ち払う先駆けとなれ!恐れるな、我は必ずや加護を授けるであろう。八幡様はそう申されてお消えになった・・・」
光信、脇の刀を高く掲げる。
光信「そして、目を覚ました儂の枕元にあったのがこの神剣じゃっ!」
光信、いきなり刀をすっぱ抜く。
光信「今こそ攘夷の時は来たれり!たとえ我が身は屍となるとも、この神国の土として、後に続く者たちの礎となるであろう!」
新佐「申し上げますっ!」
後方に座っていた新佐が叫ぶ。一同、新佐に注目する。
光信、ちろりと新佐を見る。
新佐「畏れながら申し上げますっ!我らの為すべきは夷荻どもに立ち向かうために国を一つにまとめること、殿様を斬っては国は立ち行きませぬ!」
光信、露骨に不快な表情。新佐、構わずに、
新佐「むしろ殿様を説き、お考えを改めさせることこそが臣下の道と存じます」
光信「若造がっ!」
光信、持っていた徳利を新佐の頭に投げつける。新佐の頭で徳利は砕け、酒しぶきが散る。新佐は表情も変えない。
一同色めき立つ。立ち上がり、刀に手をかける者も何人か。新佐、平伏して、
新佐「何とぞご再考下さいますようっ!」
光信、立ち上がった連中を手で制し、
光信「もう遅いのだよ、新佐。神託はすでに下された・・・」
光信、もう一度刀を掲げ、
光信「今宵、この色町に火を放ち、その混乱に乗じて城を急襲し、直正公を討ち取る。もう、その手はずもできあがっている」
光信、神剣を投げる。新佐の膝元に突き刺さる神剣。
光信「それでも儂を止めたいと申すなら、儂をその神剣で切ってみよ」
動揺する新佐。剣を手に立ち上がるが、手足が震えている。
一同、固唾を呑んで見守っている。
光信「その刀で斬られるというのなら、それも八幡大菩薩の思し召し。さあ、その剣で儂を斬るか?それとも儂とともに姦賊直正を斬るか?」
新佐、刀を正眼に構える。が、光信の眼光に敗れ、刀を取り落とす。膝をつき、うなだれる新佐。
新佐「・・・今しばし、時間をいただけませんか」
光信、鷹揚な笑みを見せ、
光信「決行は今宵だ」
新佐「わかっております」
新佐、広間を出て行く。光信、それを見届けて
光信「牛島」
三十がらみの侍、立ち上がる。
光信「奴を斬れ」
牛島、一つうなずいて出て行く。それを見て満足げな笑みを浮かべる光信。
慄然とする一同。

・墓地

新佐、母親の墓の前に佇んでいる。
背後から声。
和馬の声「墓参りか、志士さんよ」
驚いて振り向く新佐。徳利を抱えた和馬がにやにや笑いながら立っている。
新佐「父上、どうして・・・」
和馬「俺が女房の墓参りに来ちゃいけねえのか?」
和馬、徳利から酒を呷る。新佐、露骨に不快な表情を見せて、
新佐「・・・母上の葬儀の時にそのお言葉を聞きたかったものですね」
新佐、きびすを返して立ち去ろうとする。和馬、ぼりぼりと胸を掻きながら、
和馬「痛えとこを突くねえ。やっぱりご大層なことを企んでる志士様は違うもんだ」
新佐、血相を変えて振り向く。
新佐「・・・どうしてそれを?」
和馬、にやりと笑って、
和馬「色町のことで俺に知らねえことなんざねえよ・・・と言いてえところだが、実のところ、おめえらの話をちょいと盗み聞きさせてもらったのさ」
新佐、ゆっくりと腰を落とし、刀の柄に手をかける。和馬、素知らぬふりで
和馬「ああいう座敷の脇にゃあな、大抵隠し部屋がついてんのよ。おめえらみてえなヤバい客を見張るためにな」
新佐、刀の鯉口を切る。と、いつの間にかすぐ目の前に和馬が立っている。新佐、刀を抜こうとするが、和馬、その柄頭を素早く押さえ、囁く。
和馬「おめえと斬り合いしたがってんのは、俺じゃなくてあちらさんよ」
和馬が顎をしゃくった先を見て、はっとする新佐。卒塔婆の影に、牛島が潜んでいる。
新佐「牛島さん・・・」
驚いた新佐、刀から手を離す。牛島、慌てて刀を抜きながら飛び出してくる。
牛島「先生のご命令だっ!死んでくれ、新佐!」
ショックを受ける新佐。
和馬、すっと牛島の目の前に立ち塞がる。驚く牛島。
和馬「・・・こんなやり方で、何かが変わるとでも思ってるのかい?」
和馬、刀を抜いて一撃!牛島、音もなく倒れる。
新佐「斬ったのですか?」
和馬、刀身を見せる。竹光である。
和馬「俺は人殺しが嫌いなんだよ」
和馬、のびている牛島に苛立たしげな目をやり、
和馬「・・・おめえらと違ってな」
新佐、しばし呆然としているが、決意したような表情を浮かべて歩き出そうとする。
和馬「どこ行く気だ?」
新佐「この件をしかるべき筋の方へお告げします。もはや、先生をお止めするには他にございませぬ」
和馬、新佐の背中に向かって
和馬「攘夷党ってのは、何人くれえだ?」
新佐「三十名ほど」
和馬「へえ、三十人の切腹かい。こいつあ豪気な見物だ。俺も寄せてもらうぜ」
新佐、はっと振り返る。和馬の目、新佐を凝視している。
和馬「てめえ一人が腹を切りゃあ済むと思ってたみてえだが、世の中そんなに甘かねえよ」
和馬に詰め寄る新佐。
新佐「では、どうすればよいのですかっ!」
和馬、鼻毛を抜きながら
和馬「知るか。てめえで考えろ」
新佐、かっとなるが押さえ、立ち去る。
和馬、倒れている牛島の懐を探り、巾着を取り出す。
和馬「・・・結構持ってやがる」
にやりと笑う和馬。

・「みうらや」入口

和馬が入ってくる。小奴、階段をするすると降りて迎えに出る。
小奴「どうなさいました?」
和馬「悪いが妓女を集めちゃもらえねえか?多けりゃ多いほどいい」
小奴「そりゃ構いませんが・・・何をなさるんです?」
和馬、小奴の手に牛島の財布を握らせ、
和馬「無礼講だ。できるだけ派手に行きてえ・・・場所はうしおやだ」
にやりと笑う和馬。

・「うしおや」座敷

攘夷党の面々が篭っている。一同緊張の面持ちで、目の前の膳にもほとんど手がつけられていない。
光信一人が悠然と食事を取っている。
新佐、飛び込んでくる。
新佐「先生っ!」
一瞬、驚いた表情を浮かべる光信。だが、すぐに鷹揚な表情を造り、
光信「決心はついたかね?」
光信、神剣を新佐に差し出す。新佐、神剣を受け取ると同時にすっぱ抜き、構える。
新佐「やはり先生は間違ってらっしゃいます!私は、先生を斬りますっ!」
光信「・・・いい覚悟だ。だが、少々遅かったようだな」
はっとする新佐。後ろの方にいた牛島が立ち上がり、新佐に向けて銃を構えている。
新佐「先生っ!卑怯ですっ!」
光信「今更邪魔される訳にはいかないのだ」
光信を睨んだまま動けない新佐。緊迫する一同。火縄の焼ける音がちりちりとしている。
突然、窓の外から太鼓の音。
光信「何事だっ!」
党員の一人、外をのぞいてあっとする。

・「うしおや」周辺

うしおやを取り囲むように、何十人もの遊女が集まっている。
和馬の声「さあさあ、もっと景気よく!」
笛や鐘、三味線などの演奏で遊女たちが踊り始め、祭りさながらの光景。

・「うしおや」座敷
光信、新佐に詰め寄る。
光信「あれは貴様の親父だろう!いったい、何のつもりだっ!」
新佐「・・・父上は、人殺しがお嫌いです」
光信「何だとっ!」

・「うしおや」入口

和馬を先頭に、遊女たちが踊りながらなだれこんでくる。
和馬「そおれ、八幡様のお告げじゃ!世直しじゃ!無礼講じゃ!」

・「うしおや」座敷

和馬を先頭になだれこんでくる遊女たち。党員の何人かがあわてて刀を抜くが、遊女にしなだれかかられ、そのまま押し倒されていく。
あちらこちらで遊女が攘夷党員を押し倒す。
牛島、銃口を和馬に向けるが、和馬はすっと牛島に近づいて鉄砲を取り上げ、
和馬「使うのはこっちの鉄砲だよ」
と、牛島の股間をねじり上げる。牛島、悶絶。
新佐、刀を下ろして呆然とこの光景を見ている。
光信、新佐から神剣を取り上げると、
光信「この売女どもがっ!大義もわからぬ雌犬の分際で、我らの邪魔をする気かっ!」
遊女の一人を袈裟に斬り捨てる。声もなく即死する遊女。
凍りつく一同。遊女たちの悲鳴。
和馬「てめえっ!侍に生まれたからって、何様のつもりだっ!」
和馬、手近な侍の刀を取り上げ、光信の方へと走り寄りながら鞘走らせる。
身構える光信。その背後から、
新佐「おおおおおおおっ!」
叫び声に振り向く光信、信じられないといった表情を浮かべる。新佐、憤怒の形相で刀を振り上げている。
そのまま刀を光信めがけ振り下ろす新佐。光信、受けようとするが、神剣は折れ、新佐の刀がその頭部を真っ向から斬り割る。
新佐にしがみつくように崩れ折れ、信じられないという顔で絶命する光信。
新佐、血刀を提げて呆然と立っているが、はっと気がつき刀を捨てようとする。しかし刀は手から離れない。新佐、左手で右手の指を一本ずつひきはがそうとする。
和馬、ゆっくりと歩み寄り、その両肩を優しく抱く。新佐の手から刀が離れてぽろりと落ちる。その場にへたりこむ新佐。
和馬、苛立ったような表情で一同に向き直り、
和馬「大馬鹿野郎っ!てめえらはこんなことをするために集まったんじゃねえだろうっ!この国を、ちったあましなものにしようと思ってたんだろうがっ!」
一同、うなだれている。和馬、死んだ遊女の目を閉じながら、
和馬「もう誰も、こんな馬鹿な死に方をしねえでいいようによ・・・」
一人の手から刀が離れ、落ちる。それをきっかけに一人一人刀を手放して行く。

・「みうらや」座敷

和馬が呑んでいる。新佐、その前で正座してうつむいている。
和馬「おめえも呑めや」
新佐、動かない。
和馬「・・・全部、呑んじまうぞ」
新佐、動かない。和馬、舌打ちして、
和馬「無理にとは言わねえ。だが、死んだ奴にしてやれることってのは、そいつの分まで呑んでやることぐれえしかねえ、と俺は思うがね」
動かない新佐。
和馬「特に、てめえが殺した相手にしてやれることってのはよ」
驚いた顔で和馬を見る新佐。和馬、空の徳利を逆さにしながら、
和馬「十五の時だったよ。親父がどこからか、死罪と決まった罪人を貰い受けてきてな」
新佐「何のために?」
和馬「俺に・・・斬らせるためにさ」
新佐「どうして!」
和馬、かっと目を見開いて
和馬「武士たるものが人を斬った経験くらいなくてどうする!・・・というわけよ」
呆然とする新佐。ちびりちびりと呑む和馬の姿に、少年の和馬が血塗れで死体を前に立ちすくんでいるカットがかぶさる。
和馬「斬る方も斬られる方も、たまったもんじゃねえよなあ」
障子が開き、小奴が入ってくる。
小奴「お目付の方がお見えになりました」
びくっと緊張する新佐。
和馬「おう、すぐ行く」
立ち上がった和馬、困ったような顔で新佐を見て、
和馬「じゃ、ちょっくら腹切ってくるぜ」
仰天する新佐。
新佐「どういうことですかっ!先生を斬ったのはこの・・・」
和馬、新佐の口を押さえ、
和馬「そいつをお目付に聞かれたら、おめえら攘夷党は全員切腹だよ」
はっと目を見開く新佐。
和馬「おめえらは生き残って、この国を作り直すんだ。こいつあ見ようによっちゃ、腹を切るよりよっぽど難儀だぜえ」
和馬、にかっと笑い、
和馬「ま、せいぜい頑張んな」
くるりと背を向ける和馬。新佐、慌ててその後を追う。
ナレーションが被さる。
N「山本和馬が、色町での騒動とそれに伴う多賀光信の死の責任を負って切腹したのは、その翌日のことである。介錯は息子、山本新佐衛門が務めた」

・「うしおや」帳場

店主が居眠りをしている。と、目の前に突然、新佐が現れる。飛び起きる店主。
新佐、少し困ったような表情で
新佐「・・・親父の供養をしたいんだ。親父が懇意にしてた女を、みんな呼んでもらえないか」
思い出したように刀を鞘ごと抜いて渡し、
新佐「これは揚げ代の足しにしてくれ」

・「みうらや」座敷

新佐、目の前の膳に手もつけず、黙って正座している。集まった三十人ほどの遊女、気味悪げにその光景を見ている。
小奴「・・・おひとついかが」
いつの間にかそばに来ていた小奴、新佐に酌をしようとする。
新佐「・・・呑めないんだ、俺は」
小奴、首を横に振り、
小奴「おときはお酒が好きでした」
新佐「おとき?」
小奴「光信さまに斬られた妓女です」
新佐、杯をひったくるようにして呑む。途端にむせる。小奴、新佐の背中をさする。
小奴、もう一杯注いで、
小奴「こちらは、光信さまの分」
新佐、黙って呑み干す。むせない。
今度は自分から杯を出し、
新佐「・・・親父も好きだった」
小奴、にっこりと酒を注ぐ。
小奴「和馬さまも、ここにおとむらいにみえたことがありますわ」
新佐「え?」
小奴「奥様が亡くなられた時です。私の膝に顔を埋めて、そりゃあもう子供のようにわんわん泣かれましたよ」
新佐、杯を干して、
新佐「・・・俺も、泣いていいか」
小奴、新佐を抱き寄せてその顔を自分の膝に埋める。
新佐の口から嗚咽がもれる。
小奴が合図すると、遊女たち、三味線などを弾き始める。数人が立ち上がって踊りだす。
新佐、小奴の膝で子供に返ったかのように泣いている。

(完)

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